2014_01
01
(Wed)07:00

受け手の誘導教授

腰からの送り

健心流の稽古では稽古相手みんなが先生になりえます。

稽古相手が術に関して同じレベルであったとして
技をかける側と技を防ぐ側に役を決めて稽古すると
受けては純粋に防ぐ事だけに注意を向けることができるので
防ぐことに関しては数段レベルが高くなります。
つまり技をかけるより防ぐほうが簡単と言うことです。
一方技をかける側は仕掛ける際の気配を消す精度が問われ非常に難しくなります。
術をかけるほうが受けての数段上のレベルが必要になります。

さらに受け手が見本となる技を受けたことがある場合
見本の技と比較することで技がどうすればかかるか誘導し
相手の足りないところを気付かせ伸ばすことができます。

健心流では受け手になった側が先生となります。
成長した方が今度受け手になって同様に相手を引き上げます。
このようにして受け手と術者が交互に入れ替わり
互いに見本に近づくよう相手を引き上げていくことができます。

ですから健心流ではお互いが先生です。

動画は誘導と褒めて伸ばすKさんの教え上手がかいま見られます。

動画は右下 Read More>> より

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2011_06
10
(Fri)08:00

稽古法について

健心流柔術の稽古について

武術というと
先生は真面目で厳しく威厳があって
稽古は真剣で緊張感があって
稽古の目的は精神と肉体と技の向上! 流派伝統の型を寸分違わず覚えるため
明けても暮れても型稽古・・・

しかし、健心流の稽古は
先生も弟子も「わざ」に対する探求心に隔てなく
稽古は楽しく! 「わざ」はかけても かけられても気持ちよく
巧くできたときにはうれしくて得意になったり、笑いがこぼれたり
(子供が遊んでいる様 みんないい大人なのに)
稽古の目的は「わざ」の上達!・・・? 本当は・・稽古が楽しいから 面白いから 
稽古の後スッキリするから あと、今やっている事に応用したいから・・・色々


他の武術の道場からみたら「稽古中に笑ったりするのは不謹慎!」
と言われるかも知れません
しかしこれが健心流独自の教授法です。

稽古場の緊張感や、先生からの精神的プレッシャーは
「無駄な力や緊張をなくす」という稽古をする柔術においてはマイナスに作用いたします。

緊張を排除しリラックスすることは術の理解にプラスに作用し
楽しむ事と好奇心は最大の学習力向上システムです。

健心流の具体的な稽古の仕方は?というと
たいてい二人一組で行い、相手にこちらの手首や袖、帯などをつかんでもらい
その状態から相手を崩したり転がしたりを練習いたします。
(けっして痛くはありません、大人になると普段の生活で転がることはほとんどありません、転がってみると意外と楽しいです)
特に型を稽古するわけではないので色々形は変化し好奇心にまかせ進んでいきます。
それで、この前やったことを再現しようとしても形を覚えていないので
何やったんだっけ?ということがよくあります。

稽古もまた
  無形にして自在 風の如し   
  冷静自在 空雲包含 天の如し           
              です。

2011_06
03
(Fri)08:00

稽古の仕方2

稽古の仕方2

稽古は真似ることから始めます。
健心流では真似るのは外見に表れた無数にあるチェックポイントではなく
中に流れているものの感じを真似るのが優先です。

稽古は自転車に乗る練習に似ているとお話いたしました

例えば自転車の乗り方を真似るとします。
見本となる人が自転車で曲線を描いて走ったとします。
今度は別の人が見本を真似て同じ曲線上を走ろとすると
軌跡を なぞれば なぞるほど 細かくハンドルを操作し
スムーズな線で走るのは難しいでしょう。

(見本の本人でさえ同じ曲線上を走れと言われると難しいはずです)

それより多少ずれてもいいから自転車の傾き具合や、
姿勢(重心)や速度などの質感を真似る方が
タイヤの軌跡を真似るより、見た目の走り方や軌跡の質感まで似てきます。

稽古も同じです。 
外見は参考でそれから推測される中の感じを真似する方が良いです。
中が同じになると外見も似てまいります。


2011_06
02
(Thu)08:00

稽古の仕方

稽古の仕方

入門して間もない方から同じ様な質問をされます。
家で自分で、できる稽古はないですか?」
入門してすぐはやる気も闘志も満々でなんとかすぐ上達したいと思うのです。
 私は「最初のうちは自分ひとりで稽古するのは難しいです。」と答えます。
「術」が出来るようになるには、出来た感じを覚える必要があります。
わかる人に出来た感じを誘導してもらう方が早いです。
自分ひとりでやると自己満足になり妙な癖が付いてしまうかもしれません。
(一部の天才を除いては)

柔術は自分と相手との関係で、バランスや作用力の優劣を作ることが不可欠となります。
相手がいなければ稽古にならないのです。

私はよく稽古のことを自転車に乗る練習に例えます
自転車に乗るときハンドルを操作いたしますが、
この操作は見ただけで出来る様になるものではありません
倒れないように操作するバランスの感覚は
実際に自転車に乗って体で覚える方がはやいのです。
ですから
自転車の練習は自転車で!柔術の稽古は柔術で!です。